「明日の医療と福祉を考える会での丹羽雄哉代議士の講演に対するお礼とお願い」平成10年6月12日、於:静岡市もくせい会館

「明日の医療と福祉を考える会」
での丹羽雄哉代議士の講演に対するお礼とお願い

丹羽先生
本日はお忙しい中、わざわざ静岡までおいでいただきありがとうございました。
私は静岡県医師会理事、浜松市医師会副会長の平良 章(たいら あきら)と申します。お時間の都合で発言の機会を失しましたのでせっかくいただいた名刺のFAX番号へお願いをしたいと思います。

@ 私はデイ・ケア施設を併設し、数多くの痴ほう老人を昼間お預かりして頭と体の訓練を行っていますが、特に夜、一時入院や入所で、また他の娘などに引き取られて住み慣れた自宅を離れたとき、痴呆が急速に進行する事例を多数経験しており、そうした意味でも在宅重視という基本線は崩して欲しくないと思っております。しかし、現実的に今後何十万、何百万人と実数が増加する在宅療養者の大部分を自宅で診るのはマンパワーの面から不可能です。若い人たちをこれ以上生産人口から非生産人口である介護労働に回せば、国家そのものが崩壊します。これからの介護マンパワーは元気な老人の活用しかない。しかも、核家族化の中で櫛の歯が欠けるように家族構成員が減少し、独居老人が増加する状況では自宅での介護は成り立たなくなります。しかし、あくまで施設ではありません。「集合住宅」。一人、あるいは二人きりになった人たちが集まって暮らす新しい自宅。次代の新しい終の棲家(ついのすみか)はこうした形しかないのではないか。在宅の新しい形として、介護保険とは切り離して考えていただいて、行政の整備すべきものはグループホームであろうと思います。私は、ホスピスも集 合住宅型の新しい在宅医療、在宅介護の一形態と考えており、決して施設という捉え方はしておりません。

A 今ほど老人が粗末にされている時代は日本の歴史上なかったのではないかと思います。一人、あるいは二人でひっそりと家に引きこもり、その培った経験も殆ど社会に還元されることなく、話し相手もなくどんどん惚けていく。核家族化の当然の帰結かも知れません。しかし、核家族化を批判しても始まりません。その中で老人パワーを活かす方策は十分あると思います。託児所や幼稚園は原則として宅老所と併設する。学校の空き教室もそのために活用する。決して介護保険の施設にはして欲しくない。元気な年寄りが集い、次代を担う子供たちと日常的に接し、培った経験を次代に伝える。子供たちも、敬い、いたわり、優しさなどいろいろなことを自然に学ぶに違いない。私は、現在県医師会、市医師会、自院と超多忙で今のところとても実行に移せませんが、余裕が出来たら高齢者の協同組合的なものを作る旗振り役をしたいと思っています。高齢者が自分の能力に応じて働き、学び、遊ぶ組織。老人クラブの衣替えでも良いが、あくまでも生活に密着した組織にしたい。そして、そこから介護のマンパワーを生み出したい。宅老所がその拠点になって良い。出来れば行政がその音頭取りをして欲し いと思います。

B お話の中で医療保険改革について、「本来は役所がまとめた案が我々のところへくる、今回は議員が鉛筆をなめなめこしらえた」という発言がございましたが、私は役所というかこの場合厚生省はあくまで行政、執行機関であって法律を作るのは立法府の先生方であると信じています。行政が立案する場合、当然自分たちが執行しやすいようにという視点が優先するわけで、そのためには国民のためという視点はおろそかにされても仕方がない。国民のためという視点は何よりも立法府の先生方が持っているはずの視点でありますから、先生方がシンクタンクを持って立案していただきたいとお願いいたします。丹羽先生は数少ない政策立案能力をもった代議士と尊敬しておりますので宜しくお願い申しあげます。日本医師会も日医総研というシンクタンクを作りました。私たちはそこに現場の声を活かした、真に国民のためになる政策立案能力、法案作成能力を持って、どんどん声をあげていってもらいたいと期待しています。是非ご活用いただきたいと念願しています。

思いつくままに少しでも参考になればと書いてみました。一国民の声として、心の片隅に止めていただければ幸いです。私が殆ど一人でこつこつと時間をかけて作った、あるいはまだまだ製作途上の3つのホームページにも少しづつそういう意見を載せて行くつもりでおりますのでよろしくおねがいいたします。

URL@http://www.shizuoka.med.or.jp/index.asp
A http://www.shizuoka.med.or.jp/hamatsu/index.htm
B http://www.taira-naika.or.jp/index.htm

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