静岡県医師会報(平成10年11月1日発行・第1226号 とびらのことば)

私のインフォームド・コンセント

                                                         静岡県医師会理事 平良 章


 先日、ホテルコンコルド浜松で遠州総合病院・浜松市医師会共催のシンポジウム「知る権利と知らせる義務」−インフォームド・コンセント−(説明・理解と同意 / 情報の開示)が開催されました。インフォームド・コンセントという言葉はいろいろに訳されているようですが、本当はどんな訳が正しいのかよくわかりません。このシンポジウムの長いタイトルがそのむずかしさを表しているように見えます。しかし、病院の先生方や看護婦さんたちは、インフォームド・コンセントというと、主としてがん患者の病名告知の問題や、手術や検査の説明と同意などに直結して考えておられるような印象を持ちました。厚生省の小林健康政策局長から、コメントを含めて医療保険改革の必要性に理解を求めるお話をいただいた後、座長の新村浜松市医師会長が、隣の人とひそひそ雑談をしていた私に、突然発言を求めましたので、小林先生のお話とつながらず、私の日常診療におけるインフォームド・コンセントについてお話ししました。今回はその内容について記したいと思います。

 がんや手術にはもちろんインフォームド・コンセントが重要でしょうが、私たちが日常診療で遭遇する風邪、下痢などでもインフォームド・コンセントが重要です。「たばこは止められないけれどこの咳と痰を何とか止めてくれ」と言う患者さんと粘り強く話し合う。下痢しているのにアイスやジュースを止めないで薬が効かないとおっしゃる方。『治すのは貴方です。私は医療の専門家として、貴方が判断するための情報を提供し、貴方とともに考えながら最善の治療法を探るお手伝いをします。たばこなど決めたことが守れないときは、親のように諭すこともあります。しかし、決して怒りません。怒ると相手が心を閉ざし、真実が見えなくなってしまいます。正しい患者情報が得られないと、いくら優秀な診断技術を持つお医者さんでも、診断を誤る可能性が高くなります。治すのはあくまで貴方。一緒に風邪や下痢を発症したもとになった生活、あるいは永年の生活習慣を見直し、自然治癒力を高める。薬はあくまでマイナーであり、役目はそのお手伝いであるので、「今週の日曜日結婚式だから、強い薬で早く治してくれ」と言われてもそうはいかないことをわかってもら えるよう話します。「自分の体は自分で責任を持つ」そして、医師はどれだけ的確なアドバイスが出来るかに勝負をかける。』それが私の日常におけるインフォームド・コンセントなのかなと思いました。

 私のオフィスでは、患者さんが来院されるとまず、受付嬢が患者さんの訴えをよく聞き、カルテに書き込みます。受付嬢は医療秘書と看護婦で、ローテーションで常時2−4人で対応しています。そのカルテが診察室へ回って診察の順番が来て、問診内容を確認した後、私が肉声で患者さんのお名前をお呼びします。診察の中で私は、受付の記録をいちいち読み上げ、確認します。患者さんは自分の言いたいことがきちんと伝わっているかを確認し、さらに受付で言い忘れたこと、言い足りなかったことを補足しますし、私は医師の立場で聞き足りないことを聞き足して問診を完成させます。患者さんは、えてして受付で症状を話したのでもう先生に伝わっていると勘違い、あるいは同じことを二度言う面倒くささなどから診察室では大事な情報を省略してしまうことがあります。それを防ぎたい、可能な限り多くの患者情報を得て正しい判断につなげたいという思いから、このようなシステムにしています。私は、一般病院でのきちんとした勤務経験がなく、大学で先輩医師の指導で学生や新人医師がとった問診を元に現在と同じようなシステムで教育を兼ねて診療を行っておりましたので 、新人医師並に医療秘書や看護婦を教育してこのシステムを維持しています。やはり、その人の家庭や職場における人間関係、性格、生活習慣を無視して診断・治療を行うことは殆ど不可能なことではなかろうかと感じます。

 先日、私が作った浜松市医師会のホームページで、インデックスページの最下段、「ご意見拝聴」宛にE-mailが入っていました。Sさんと言う女性から、薬剤情報提供書について、新しい薬が出されたときなら納得できるが、継続的に同じ投薬を受けているのに月に1回算定されるのは納得できない。法的根拠があれば教えて欲しい。「医師会で継続的投薬の場合でも月に1回発行するように言われています。」という発言が正しくなければ、次に投薬を受けたとき、薬剤情報提供書の発行を断固拒否するつもりとの内容でした。私は、診療報酬医科点数表に基づき法的根拠を説明し、「この制度の趣旨は、患者さんが一人一人自分の体のこと、病気のことを医者任せにしないでもっと関心を持って欲しい、そのために医師の側にも俺に任せておけではなく、もっと患者さんに情報を提供し、治療方針やライフスタイルの改善についてともに考えるという形の意識改革を図っていきたいとの考えからです。その誘導のためにつけられた点数ですので、医師会では、その趣旨に添って出来るだけ算定するよう指導しています。当たり前のごとく普及してくれば、いずれは初診料や再診料などの基 本診療料に含まれて消えていく運命にある制度だと思います。どうかご理解の上、ご協力をお願い申しあげます。また、Sさんと現在かかられているお医者さんとの人間関係、医師−患者関係が壊れているのではないかと危惧しています。」と返信致しました。Sさんからは、詳細かつご丁寧な説明メールをいただきうれしくなりました。しかし、投薬変更がなくても月1回は算定するというのはやはり納得できません。必要なときだけ算定するべきだと思います。また、医師−患者関係については、現状では医師の説明不足が多いのではないでしょうか、医師、患者双方がインフォームド・コンセントの重要性を認識できるといいですね。」という趣旨の返信メールをいただきました。

 「インフォームド・コンセント」。難しい言葉ですが結局は「こころ」、「ハート」ということでしょうか。「死に様は生き様を写す」とよく言われます。気の弱い人、「たとえがんでも決して言ってくれるな」と言う人など、ある程度考慮の必要な方はもちろんいるわけですが、基本的には『自分の人生の締めくくりは自分で考えるべき』ではないでしょうか。たった一度しか死ねないのだし、一度きりの人生です。元気でいても、交通事故などであっという間に閉じてしまう人生も数ある中、がんなどは末期でも自分の人生を振り返り、後に残る人たちへの引継をする余裕がある分、まだより幸せな死の迎え方かもしれないと思う昨今です。

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