日本医師会編集乳幼児保健検討委員会答申(案)・平良原案

保育所嘱託医・幼稚園園医の活性化と組織化に向けて

T. はじめに

T-1 保育所・幼稚園に要請される社会的役割(子育て支援)

 保育所・幼稚園児は、その発育上の栄養の問題,心の健康な発達、いろいろな異常や先天性疾患の早期発見と早期治療など、生まれてから小学校へ入学する前の非常に重要な時期にある。特に心の健康の問題は、家庭教育に深く根ざしており、この時期に早期に、慎重に取り組まなければならない問題である。また、保育所・幼稚園は、家庭と連携して道徳性の芽生えを培う場と位置付けられ、動植物の飼育・栽培、地域の行事への参加など、体験活動を積極的に取り入れることによって社会性の育成に力を注ぐ社会的役割が要請されている。

 子育て支援という面での役割も重要で、保護者の園における体験的保育参加の実施、未就園児の体験入園、親と離れて他の園児と寝食をともにする幼児キャンプなどの自然体験などを企画することが望ましい。このことは地域社会の中で、時代とともにすでに消失しかけている異年齢集団を再構築し、その中で子どもたちに豊かで多彩な体験の機会を与えることになる。こうした体験学習は、1日体験のみならず、数日、数ヶ月、1年、2年といったさまざまなスタイルで企画されることが好ましい。山村留学、国内ホームステイ、長期自然体験村などの企画はすでに進行しつつあり、一定の成果をあげている。地域社会でも、子どもたちの心身の健全な発達を伴う子育て支援のため、冒険的遊び場などを含めた各種施設を整備し、民間の企画を含むスポーツ・文化活動、ボランティア活動など野外活動の情報提供を積極的に行い、子供たちが参加しやすい環境を整えることが必要と考える。

T-2 保育所嘱託医・幼稚園園医に要請される役割

 家庭(保護者)および地域社会との密接な連携をとおして、保育所・幼稚園が子どもたちの心の健全な発達に果たす役割は、近年ますます増大しており,保育所嘱託医・幼稚園園医の立場も大変重要な役どころとなってきている。嘱託医・園医は、自ら担当する保育所・幼稚園のみならず、この時期の子供たちの健全な心身の発達のため、どのように保護者や地域社会と連携していくかというグローバルな視点が今まさに要求されている。このためには、専門外の分野については出来るだけ専門家に依頼して補完する必要がある。そのための医師会としての支援体制の整備も必要になってくるだろう。

 これまでの「企業中心社会」から「家族・家庭にやさしい社会」への転換を図るためには、地域社会全体の意識改革が必要になると思われ、すでに行政によるムード作りも始まっている。男女共同参画社会基本法も検討され、「仕事と育児両立支援特別援助事業」に基づくファミリー・サポート・センターも全国に設立されつつあり、身体的、精神的な保育所・幼稚園児の発育に我々が医師として果たす役割は大きい。

 現時点では嘱託医・園医は単なる健康診断医、予防接種医でしかないのが殆ど現実と思われるが、日本の将来を考えれば、現在憂いをもって語られている児童・生徒の「心の問題」の現状認識、それがもう幼少児期から始まっているという指摘を受けるにいたっては、嘱託医・園医の果たすべき、あるいは果たしうる役割は大きく、十分な手当を持って活躍の場が与えられる必要があるし、嘱託医・園医もそれに応える必要がある。

U. 保育所嘱託医・幼稚園園医の活性化へ向けての検討

U-1 保健委員会の活用

 保育所・幼稚園においても、小・中・高等学校における学校保健委員会のように、園医、職員、保護者の代表者による保健委員会が定期的に開催されることが望ましい。しかし、園児が児童・生徒のように教諭の指導を得て健康に関する調査・研究などを行い、発表する形式には限度があるので、中心になるのは園医による職員や保護者を対象とした健康講話(予防接種を含めた感染症対策、保育所・幼稚園の園内環境安全対策、事故対策、急病時の対処の仕方、マスコミなど氾濫する医学情報に対する正しい対応など)、子供たちの心と体の発達に伴う注意点などの教育になるであろう。乳幼小児、児童・生徒とつながる健康教育の基礎固めとして、こうしたことこそ幼稚園において取り上げて欲しい項目である。もちろん、嘱託医・園医が直接園児へ語りかける、乳幼児向けのわかりやすい、体や心のことに関する健康講話も大切で、園児との心のふれあいも含めて、出来るだけ頻回に計画したいものである。
 また当然の事ながら、その保健委員会では、病児対策、障害児対策、地域環境安全対策についても協議される必要がある。

U-2 健康診断の活用

 健康診断は、特に保育所・幼稚園に通う乳幼児期では、先天性疾患やいろんな異常を早期に発見することにより治療ないし矯正して治癒せしめる可能性が高く、大変重要である。当然一人の園医で全科を診ることは困難で、かかりつけ医や専門医との連携が大切である。園医が小児科以外の科の医師である場合はなおさらである。特にまだ十分な表現力を持たないこの時期は、保護者や職員からの十分な情報収集が異常の発見に大変役立つ。また必要に応じて、小児科のみならず、該当する科の医師のアドバイスを受ける必要がある。

 事後の処置、指導は主として保護者と職員に対して行うことになるが、当然専門医およびかかりつけ医との密接な連携が必要である。異常の早期発見のため、また本人からの情報取得の困難さを考慮すれば、年2回程度の定期健康診断を実施することが望ましい。当然保護者及び職員からの事前の十分な問診が大切であり、職員はもちろんであるが、可能な限り保護者に立ち会ってもらうことをお願いしたい。

 少子化の流れの中で、いずれは現在の数少ない子どもたちに、日本の将来を託さなければならないことは明白である。私たち医師、および私たち医師の組織する医師会が乳幼児保健をとおして地域社会に貢献できる範囲はきわめて広く、また時代の要請を受けているものとひしひしと感じる。

U-3 健康相談の活用

 健康相談は個人差を考慮しなければならないのでなかなか難しい。園医がかかりつけ医を兼ねている場合は、おそらく園医の医療機関等で日常的に行われていて、特に問題は生じないが、他にかかりつけ医のある園児については、保健委員会や教育講演会などの場を活用して一般的な栄養、衛生、運動などの講話を行う中での質疑応答といった形の健康相談にならざるを得ない。ふだん健康で特に決まったかかりつけ医を持たない園児に対しては、保育所・幼稚園において定期的な相談会を企画するのが良いと思われる。また、そうした相談会にも時々耳鼻科、眼科等各科の専門医にお願いして、全科を網羅することが出来れば理想的である。
 しかし、その場合でも日常的に職員や保護者から情報が得られていれば、即座に相談に乗ることが出来て、その時点、時点での速やかな相談体制が構築されていることになる。

U-4 乳幼児保健と学校保健の連携

 保育所・幼稚園を含めた乳幼児保健と学校保健は一連のものであり、決して切り離せないものである。現在は厚生省と文部省に所管が分かれており、多少連携の悪いところもあるが、現在省庁再編が検討されている。しかし、それを待つまでもなく、日本医師会の乳幼児保健講習会を契機として、医師会レベルではすでに一体のものとしての議論がスタートしている。一人の子どもに対して、乳幼児期を担当する嘱託医・園医と、その後あがる小学校や中学校、高等学校の校医との連携、養護教諭や保健主事との連携も必要である。

 かつて日本医師会は乳幼児の健康診断を中心とした保健情報を、学校保健管理に用いる試みをモデル事業として実施し、成果を得た。嘱託医・園医によって管理された情報が学校、及び学校医へ伝達されるシステムが機能すれば、さらにかかりつけ医とも連携をとりながら、一人一人の現在の健康管理に利用されるようになり、ひいては、成人保健、老人保健と生涯一貫した、自分自身が責任を持って健康管理を行う体制へとつながるのが理想である。しかし、こうしたシステムの確立は、急がれるものの多額の費用と労力と時間を要すると思われる。

U-5 行政への働きかけと連携

 母子保健法、児童福祉法に基づき、国、都道府県及び市町村には乳幼児の健康の保持・増進の責務が科せられているが、近年その業務はどんどん市町村へ委譲されつつある。しかし、当事者である市町村は未だそのノウハウの獲得が十分とは言い難く、その機能を確実に発揮するためにはまだまだ時間を要すると思われる。嘱託医・園医は単なる健診医、予防接種医にとどまらず、地域社会全体における乳幼児の健康管理、疾病予防、健康教育推進のため、行政に協力してその指導的役割を発揮したい。行政の行うさまざまな子育て支援事業やそのモデル事業に対しても、EBM(Evidence-based Medicine)の手法で、その必要性や予想される成果等十分に批判的に吟味し、意見を述べ改善を求めながら、出来るだけ協力していきたい。無認可保育所等の存在も、行政が地域社会の実態にフレキシブルな対応が出来ていないという側面もあると思われ、早期に何とか解決して欲しい問題である。

V. 保育所嘱託医・幼稚園園医の組織化へ向けての検討

V-1 実態把握と研修システム

 公立の保育所・幼稚園が年々減少傾向にあり、無認可保育所などもあり、その組織化はなかなか難しい問題であるが、地域医師会で会員にアンケート調査を実施するなどして何とかもれなく把握したいものである。日本医師会では、平成8年度から乳幼児保健講習会を毎年開催し、情報提供と研修、啓蒙を行いながら、保育所嘱託医・幼稚園園医の組織化を呼びかけているが、こうした地道な努力が必要なことはいうまでもない。保育所・幼稚園は生涯にわたる健康の基礎づくりの特に大切な時期である乳幼児期を担当しているが、現在嘱託医・園医を引き受けている医師が全て乳幼児保健に精通しているとは考えにくいので、地域医師会においても乳幼児保健講習会等を企画して、研鑚を積むことが重要であり、さらにこうした場を活用して情報交換等を行いたい。その上で、全ての医師が地域社会全体の子育て支援に関わっていける体制がとられることが望ましい。

 小・中・高校なども同様であるが、保育所・幼稚園においても嘱託医・園医の委託は、通常医師会へ依頼されるよりも近隣の医師への直接依頼が殆どであると思われる。まず、ここから改善して、出来るだけ医師会へ依頼するようPRしていくことが必要である。

V-2 嘱託医・園医の後方支援体制の構築

 育児支援には正しい医学知識が必要である。小児科医を中心に強力な育児支援体制を構築するには、何といっても先ず、組織化が重要かつ原点であることは当然である。かつ、多様化、複雑化する嘱託医・園医、校医の現状打開のため、主たる小児科系園医のほかは、医師会として必要に応じて専門医を派遣できる体制を構築する必要がある。報酬その他、困難な問題も数多く、なんとかクリアしなければいけないが、小児科医の数には限りがあり、内科系を中心に他科でも小児科の知識を併せ持つ医師にも協力を仰がなければならない。しかしそれでも、一人の医師が全ての科に対応できるわけではないので、必要に応じて派遣する専門医集団を組織化しておくことが望ましい。これが二人目の嘱託医・園医という扱いになれば、医師会による強力な支援体制が実現するだろう。

V-3 経済的な支援体制の構築

 嘱託医・園医・校医や医師会の組織する専門医集団が、経済的な問題なく乳幼児保健に関わっていくための必須条件として、子育て支援事業の一環と位置付けることによる、嘱託医・園医・校医報酬の増額と、医師会が組織する専門医集団の保育所・幼稚園あるいは小・中・高等学校への派遣体制に対して、もう一人の嘱託医・園医・校医として行政がその費用を負担していただくことをお願いしたい。そうすれば、こうした体制構築に大きな推進力となるであろう。

1999.7.20

  たたき台作成をおおせつかりました
日本医師会乳幼児保健検討委員会委員       平良 章

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