「かかりつけ医師」とは!
      

平成5年3月31日
浜松市医師会理事 平良 章

 昨年12月の第10回医療政策会議以来、「かかりつけ医師」の問題が村瀬日本医師会会長主導で推進されております(資料2.3)が、厚生省の推進モデル事業についての厚生省から大蔵省への予算化要求資料(資料5)を見ると、その実態は、すでに私たちの努力で過去のものとして葬り去ったと思われたにも拘わらず、厚生省が医療費抑制の切り札として数年来、手を変え品を変えその制度化を狙い続けて来た「家庭医」「家庭医機能」などが形を変えたものに過ぎず、「イギリスの登録医制度」と同じ結果につながるのではないかと大変心配しております。 現在、開業医は次第に高齢化し、24時間一人で地域の人達の医療を守る限界を知り、医師も人並みに休息を取って自分自身の健康を管理する必要性を痛感し、そのため私たちの各郡市医師会では、英知を集めて、また多大の努力をはらって地域住民のコンセンサスを得て夜間救急システムや休日当番医制度を整備して来た実情はご存じのとうりです。

 村瀬会長のおっしゃる「かかりつけ医師」は、患者と医師とを結ぶ電話をホットラインと称して設置し、24時間連絡が取れ、いつでも何でも相談できる「患者にやさしくする医師」の事のようですが、これは私たちがこれまで開業医の原点として大事に育んで来た患者さんとの人間関係そのものであり、決して今まで私たち開業医がおろそかにしてきたことではありません。もちろん、その理念については医師会内部でも個々に多少の考え方の相違はありましょうが、私は、“かかりつけ”というものは患者と医師との心の契約であると思っています。そこには「頼みますよ」「任せなさい」という心の結び付きがあり、信頼関係があります。しかし、これはあくまでも患者主導の契約であり、3年に一度位しか来なくても何かあればあそこへ行く、あそこが自分の“かかりつけ”だと思っている人もいるでしょうし、1年以上子供達をひきつれてしょっちょうかかっていても“かかりつけ”とは思っておらず、他の誰かが「こっちのお医者さんが良いわよ。」と言えばそちらへ行くという人もいるでしょう。したがって、たとえ「これからは先生に命を預けるから頼みますよ。」と言ったと ころで、もし心が離れれば“かかりつけ”は自然消滅し、いつのまにか来なくなるでしょうし、また男女の一目惚れのように一度受診しただけでも今日からここが自分の“かかりつけ”だと思える出会いもあるでしょう。したがって“かかりつけ”には時間的、空間的距離よりもお互いの心の近しい距離が決め手であります。これは私の考えですから、こうした“かかりつけ”がどうあるべきかを“あり方論議”として医師会内部でいろいろ議論するのは大いに結構、「24時間携帯電話を持って自分の患者は四六時中自分で面倒をみるべきだ。」という人がいたり、「医師も人間なのだからそんな事は不可能で、休日・夜間はお互い交替でやって人並みに休息を取り、フレッシュな頭で診療時間内は一所懸命患者さんのことを考えるんだ。」という人がいたりして皆で討論するのは良いでしょうが、これを制度化してしまうとなると話が違います。結局、医療政策会議の結論は制度化すべきではないということになって、日医会長へ答申をした(資料6)ようですが、厚生省は村瀬会長のお墨付きを得たとしてすでに制度化へ向けて動き出しているように思われます。

 そうなると医療政策会議の藤咲委員が提唱したような(資料1)、患者と「かかりつけ医契約」を結び、初診料を取らず、かかりつけ管理料、かかりつけ相談指導料、かかりつけ特定(慢性)疾患管理指導料、かかりつけ情報連絡料、かかりつけ往診料、かかりつけ対診料、かかりつけ併診料、かかりつけ協同指導料、かかりつけ紹介初診料といったようなシステムになってしまうかも知れず、それがいずれは、検査、老人病院、外来の寝たきり老人など、現在じわじわと進行している「まるめ」とドッキングするのは目に見えているわけで、それこそが「イギリスの登録医制度」と同じ方向にほかならないと危惧するからです。大切な心の契約であるべきものがお金の契約となり、いざという時の事を考えればやはり時間的距離の方が優先されることになり、また“かかりつけ”とそうでないものとの差別を生じ、応召の義務もどこかへいってしまうかも知れません。契約の破棄は“心が離れた”では済まない金銭的なトラブルになるかもしれないし、契約の獲得、維持のために医師が患者さんにへつらう心理的な弊害すら生むかもしれません。私たちが長年苦労して構築して来た夜間救急・ 休日当番医制度をぶちこわし、医師に“24時間対応”という超人的な犠牲を強いる暴挙であると思うのは私一人ではないと思います。

  次回の第三次医療法改正における開業医の“かかりつけ医機能”に対する保険診療面での評価は、前述の藤咲委員(議長)の案のような方向や、坪井副会長の言う“かかりつけ医師指導管理料”(資料8)でもなく、従来私たちが果たして来た“かかりつけ医機能”の一部である初診料、再診料などの診察料を上げ、また最近特に厳しくなった時間外・夜間の電話再診料をどんどん認め、往診料、慢性疾患等の指導料、管理料、診療情報提供料を上げること等で評価してもらいたいのです。「登録医制度」との絡みから本来ホームドクターと言う意味の“家庭医”に対してアレルギーを生じさせてしまった轍を踏むことのないよう、“かかりつけ医”は普通名詞のままで大事にしておいて欲しいのです。
 

すでに、「かかりつけ医師」推進のためのモデル事業(資料4)も厚生省の手で準備されており、静岡県医師会も単にこれを受けない(資料7)というだけではなく、制度化に反対するという積極的な意思表示をして欲しいと思います。仮に、回り出した歯車は止められないとなっても、絶対に制度化は阻止する、“患者登録”ないし“かかりつけ登録”は許さない、また24時間ではなく、各地域で構築して来た夜間・休日の救急体制・輪番制とドッキングしてやっていく等の最低限の歯止めはかけられるように十分検討して対案を用意しておくべきではないでしょうか。村瀬会長は今年度の日本医師会事業計画案にも中心に据えておられますが、私たちの危惧に対してどういう考えでおられるのか、また村瀬会長がどう考えようと、制度を作るのは会長ではなく厚生省なのであります。私たちはそこへ向けて日本医師会へ制度化反対をアピールするとともに、厚生省へ向けての世論対策が最も重要だと思われます。
 以上、私見を述べましたが、検討をよろしくお願い致します。


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