静岡県医師会報、平成6年3月1日発行
静岡県医師会理事 平良 章
この度の社会保険診療報酬の骨格が見え始めて来ました。4月と法改正を伴う10月との2段階となる訳ですが今回の改定にとどまらず、厚生省の考えがどのあたりにあるかを探りながら最新の情報を交えて解説を試みたいと思います。
社会保険診療報酬への事業税非課税の存続は決まりました。日医執行部は次々年度の存続にも自信を示していますが、来年度全廃も含めて検討するとの報道もあり、たびたび駆け引きの材料にされて今や「狼が来たあ、東海地震がくるぞう」といっても誰も「またか」という反応しか示さなくなりつつあり、『なすすべもなく狼に食われる危機的状況』に陥りつつある憂うべき局面となってきました。日医は改めて『医療とはなんぞや、事業税とはなんぞや』という理念を再整理して全会員への周知を図るとともに、もしも医療が“事業税を課せられる(営利)事業”と見做された場合には、なんとか理解を得る努力をするとか断固反対するとかいうだけではなく、『断固としてこれこれこういう対抗措置を取るんだ』という明確な方針を全会員に今から示しておかなければ戦わずして負けであると思います。是非とも強力な指導力を発揮していただきたいと切望します。
政治改革絡みで予算編成も大幅に遅れ、診療報酬改定の論議も不況に埋没しそうな状況の中で、今回の改定には実際に乗らないとしても中、長期的に見て最も考えさせられたのは「多剤投与規制で処方料大幅アップを」と主張した11月14日の日医の坪井副会長と糸氏常任理事の発言でした。具体的には現在の10剤規制を5剤にして、それと引き換えに処方料(処方箋料ではない)を4〜5倍に引き上げるというものです。現実に医療機関の重要な経営原資の一部となっている薬価差益がメーカー戦略によって今後もさらに縮小の一途をたどる現状を認識し、医師・医療機関自らが改めて薬剤の使用を見直し、総医療費に占める7兆円の薬剤費を例えば5兆円に減らせばそれを技術料として医療機関の側に回せるのだという論理です。内科系では大変でしょうが内科系が取り組まなければ薬剤費はそうは減らない、会員の猛反発を恐れてか手挙げ方式にという発言もあったようですがやるなら思い切ってやってもらいたい。薬を使えば使うほど収益の上がった時代は遠く去り、薬に対する一般の知識も深まるとともに薬害の論議もやかましく、「必要最小限の薬を良く説明して処方する」という時代になったとい
うことでしょうか。いずれにしてもそういう思い切った発想の転換を図らなければならない時期に来たことは確かなようです。今回も、薬価切り下げ分の殆どを処方料のアップにつぎ込み、処方料を50点にという案が出ているようです。
1)マルメの問題 日医は包括化、定額制に対しては医業経営管理費用などを含めてマルメを有利に導くことができれば良いとしてマルメで対応する部分が増えることにむしろ積極的です。しかし、マルメの行き着く先はその患者の診療の全てを一人分、一月分いくらとしてマルメてしまう「登録医制度」であろうことを決して忘れてはならないと思います。
2)特定療養費制度 前回の改定で導入されたこの制度は、とりあえず特定機能病院で紹介状なしの患者さんに初診料の一部を自費で徴収するという一見診療所とは無縁のような形で巧妙に始まりましたが、実は大変なものでした。これからは給食の一部負担を始めとしてビタミン剤、消炎鎮痛剤、パップ剤から漢方薬までの保険給付はずしの方法としてこの言葉が都合良く使われるでしょう。外交問題の絡む漢方薬は今回も結局見送りとなると思われますがビタミン剤、パップ剤は今回あるいは10月の再度の改定ではずされるかもしれません。漢方主体の治療をなさっているお医者さんは今から対策を立てる必要がありそうです。
3)かかりつけ医と在宅医療 マルメの拡大と同様、点数表にかかりつけ医という文字が出てくるかどうか、寝たきり老人総合診療料のようなマルメの形で、手挙げ方式でという日医執行部の発言もありましたが、今回は出ないでしょう。かかりつけ医機能は本来初診料、再診料等の診察料、診療情報提供料、各種指導料・管理料のアップという形で評価されるべきものですし、かかりつけ医というものは患者さんの側に選択権がある外来診療が主体だと思うのですが、何故か在宅医療がかかりつけ医機能の評価の対象とされているようで往診料を中心に在宅医療関連の点数はかなり上がりそうです。
4)医薬分業の推進 処方料が50点になったとしても処方箋料との現在の格差50点を維持して処方箋料を100点にできないのではないかとの観測もあり、医薬分業の推進はお題目だけでブレーキがかかる可能性もあります。もう遅いのかも知れませんが本当は日医執行部が医薬分業に対して推進するのか反対なのか明確な態度を示し、反対ならどういう運動をし、あるいはどこをどう直せば受け入れもよしとするのかを全会員の議論の対象としていただきたい。現状では厚生省の推進策の前に末端会員は分業せざるをえない方向に追い込まれつつあるというのが実情です。
5)保険医の定員制と定年制 昭和62年厚生省内に設置された国民医療総合対策本部が示した厚生省の基本方針の中で、『老人の社会的入院をなくすために老人保健施設、中間施設を作ること、在宅医療や訪問看護の推進、基準看護や付添看護の在り方の見直し、特定機能病院構想を含む医療機関の機能・役割分担、特定療養費制度の導入、そして家庭医機能を担う開業医を支援していくためのモデル事業(村瀬会長が言い出したはずのかかりつけ医推進モデル事業)』などどんどん実行に移されており、さらに現在進行中の『給食への自己負担導入、医師の生涯教育への介入』があり、まだ手をつけてないのは『保険医の更新制』の問題だけです。ドイツでは保険医が多い地域は保険医数を凍結し引退がない限り新しく契約しないこととし、保険医に68歳の定年制を設け99年から実施するということですが、なんと驚くことに日本の厚生省は『保険医登録の更新制と医師の生涯教育システムとを連動させる』と明言しています。医療費を抑制するには医師数を制限しなければ実効がないとの観点から医師免許の更新制・定年制を模索して来た厚生省が手っ取り早く自分たちの握っている保険医の登録を利用し
ようとの戦術に切り替えたということです。日医執行部は絶対に負けて欲しくありません。むしろ、生涯教育も日医でしっかりやるし、医師会の自浄作用を最大限に発揮できる方策として『保険医の登録と更新』は医師会へ権限委譲を行うよう運動しようではありませんか。日本国民の健康を守るためには厚生省と戦うよりもできれば仲良くしたいものです。厚生省の中には約
100人の医師がいて彼らは日本医師会員なのです。全部とはいきませんがせめて健康政策局長など数名を定年後日医常任理事に迎えることにすればどれだけお互いにプラスになるか、医師連盟の金の使い方がいろいろ批判される昨今、そういう使い方もあるのではないでしょうか。
6)その他 甲乙2表は一本化しますが次の医療機関機能別3表への布石です。これと3基準といわれる基準看護、基準給食、基準寝具の見直し、許認可事項の見直しと合わせ3大改革と称せられているようです。薬価については薬価調査をもとに実勢価格に近づける方式は変わらず、原価を考慮に入れた方式は採用されませんからこの点では建値制でメーカーに吸い上げられた薬価差益を取り戻すことはできません。そこに5剤規制の発想が生まれたのだと思います。薬価の改定幅はメバロチン、IF、ツムラ漢方を含めず
6.6%となりましたが、繁用品目が下げ幅が大きく、局方品を値上げして帳尻を合わせるまやかしは今度も改まることはないと予想されますので実質は10%以上の下げ幅になるのではないでしょうか。
現在までに私が得た情報を基に大胆な予測を試みました。状況は刻一刻と変化しており今日の予想はこの会報がお手元に届くまでに修正する局面が出てくるかもしれません。県医師会広報部から昨年10月に浜松市医師会ウイークリーに書いた原稿の焼き直しを依頼され、持論を付け加えてみました。議論が巻き起こることを期待しています。