静岡県医師会報・平成6年5月15日発行

平成5年度日本医師会医政シンポジウムの報告

米国の医療改革の動向-日本の視点から-

静岡県医師会理事 平良 章

 2月19日、日本医師会館で行われた医政シンポジウムに出席しその後3月5日静岡県医師会館で行われた医政研究会でこの事について報告を行いました。その時、医政研究会の参加者だけでなくできるだけ多くの会員の皆様にこの報告を知ってもらうべきだという意見がありましたので紹介させていただきます。

 まず、村瀬会長の挨拶で昭和40年代に武見会長が昭和生まれの会員に医政を分かってもらうために始めたのがこのシンポジウムである。当時のメンバーが現在日医や都道府県医師会の主要な役職についており成果は上がっていると思う。近年一回おきに国際シンポジウムにしようということで、一昨年は少産化の問題を取り上げた。今回は米国の医療改革を日本の視点からというテーマだが、米国の医療は自由な医療だった。皆保険になると財源的に政府の介入がある。なおかつ自由な医療を維持する為に米国医師会はどうしようとしているか、この壮大な実験について語ることは我々にとっても意義のあることと思うというお話しがありました。

 続いて、厚生大臣挨拶は寺松健康政策局長が代理で話され、米国では1930年代から皆保険の必要性が唱えられ、1940年代から歴代の大統領が幾度となく導入を試みて来たものである。クリントンは皆保険実現の為に全国民に痛みを分かち合うよう求めている。これが成功すれば日本の医療改革へも一石を投じることになるであろうと話されました。

 基調講演1として米国の医療保障と医療制度の現状という題で西村周三京都大学経済学部教授が米国の医療保険について話され、
(1)民間保険に60%が加入、うち営利保険が半数、非営利保険(ブルークロス・ブルーシールド)が半数でマネージド・ケア(35%9000万人が加入、医師の80%が何らかの形で参加)としてHMO=保険=保険事故事後給付型、1991年で 3800万人(総人口の15%、年々増加中)、PPO=医療提供者の提示価格事前割引型などが代表的なものである。これらを含めて様々な形態の医療保険が大部分事業主負担で存在している。
(2)2つの公的医療保障が25%の国民をカバーしている Medicare(65才以上と障害者、3400万人)Medicaid(低所得者対象、2800万人)
(3)無保険者は3800万人(総人口の15%)で年々増加している。
 なぜ米国の医療費は高いのか?(図1) 基本的に医療の提供者が価格を設定して来た。保険料の上昇で払えない人が無保険者になっていく。未払い、不払いも増えて来て支払ってくれる人から取る為また高めに価格を設定するという悪循環に陥り、医療費の高騰を招いている。→医療改革の必要性

 基調講演2.として「米国の医療保険制度改革:何をいつ改革するか」という題でGail R. Wilensky(国際医療財団プロジェクト・ホープ シニアフェロー)が話され、クリントン改革の骨子は、上記マネージド・ケアを温存させて規制を強化し、保険料の高騰を抑える。即ち、全ての国民に保険加入の義務を科し、無保険者をなくす。企業においては保険料の80%を事業主負担とする。メディケア、メディケイドの対象者には補助金を出す。この医療保険は1地域に1つの保険連合(HA=Health Alliances)を形成し、国家医療委員会(NHB=National Health Board)が医療費支出限度(Spending Limits)と保険料引き上げの上限規制(Premium Caps)を行うというものである。この改革の障害は第一に医療費支出限度と保険料引き上げの上限規制を行うという点にある。しかし、米国で価格統制がうまく行ったためしがないし、これにより医療の自主性が消えてしまい、質の低下が懸念されている。それに事業主に科せられた保険料支払いの義務である。現在は大企業のみでしか行われておらず、それすら高騰する保険料を価格に転嫁する為に米国の企業の国際競争力を弱めているという指摘がある。小さい企業においてはコスト上昇、倒産の危険をはらんでおり、そのための失業者は200万人を越えると予想されている。また、HA,NHBの権力が大きくなり過ぎるのではないかという懸念もある。こうしたことからクリントン改革案に対する支持率はどんどん低下して来ている。これと同時にいくつかの法案が出されており、米国の通常の法案成立の過程としてこの中のどれがベースになって修正が行われるかということに焦点が移りつつあるとのことでした。

 シンポジウムでは「クリントン案に見る米国の医療改革」として、座長に田中滋慶応義塾大学大学院経営管理研究科教授がつき、通常は購買意欲=購買能力であるが医療に関しては医療の必要な人が保険料を払えない場合があることを認識しなくてはならない。ただ今回の米国の医療改革も米国の草の根の価値観「自己責任と自由な選択」に抵触しないようにすすめる必要があると話されました。
 次いで、武田俊彦ジェトロ・ニューヨークセンター所員(厚生官僚)が米国の現在の医療の実態を経験を元に話されました。また、クリントン改革案が実現するかどうかは別として、すでに米国社会はとうることを前提に大きく変わりつつある。即ち、病院チェーンの合併、個人開業医がそうしたチェーンに組み込まれつつあるとの事でした。


 Lonie R Bristow米国医師会理事会議長は米国の医療費はGNP比14%と高騰しているがこれは1にハイテク医療、2に責任賠償が大きくなって守りの医療になっていること、3に麻薬、AIDSなどの公衆衛生に金がかかりすぎるためである。クリントン提案は多くの点で米国医師会が4年前に提唱した改革案「HealthAccessAmerica」の内容を反映しているが、大切なことは医師と患者間の関係を良好に維持することであり、管理医療へ傾斜すること、質よりもコストの削減へ目が向けられることは問題である。自浄努力も含めて医師を医療改革の中心に据えてもらいたいし、全米で通用する医師の質に関する倫理綱領を作らせてほしい。医師が作る医療保険を認めて欲しい。今の米国では独占禁止法の為に医師会でまとまったことが出来ないのが残念である。米国医師会は政府と協力して医療改革を実現したいのであると話されました。

 次いで、Wiliam Y.Rial前 問題医務担当取締役は、保険者の立場から今回の医療改革がなんとかとうって欲しいこと、民間医療保険団体は既往症により保険加入を排除したり、高い保険料を要求してはならないと述べられました。また患者がいきなり専門医にかからず、ゲートキーパーとしてのプライマリケア医へかかるようプライマリケア医を増やし、点数も高く配分しようとしているが医学生はプライマリケア医を好まない。それは現状では専門医の収入はプライマリケア医よりも50−90%高いこともあって専門医志向であるし、患者もすぐに専門医に行く傾向があるとのことでした。
 Harvey E. Bale Jr 米国製薬工業協会国際部門担当専任副理事長は、米国では薬剤費が医療費に占める割合は8%台と小さく、かつ売上の19%を研究開発費につぎ込んでおり、これに価格統制を持ち込めば製薬業界の衰退につながる。世界の先頭に立って医薬品の開発に努め、成功をおさめてきた実績を無にしてはならないと述べました。

 最後に池上直己慶応義塾大学総合政策学部教授は、研究者の視点から、民間保険の原理はリスクの分散が目的であり、保険料=疾病発生のリスク(確率)×1回当たりの平均費用(給付額)+事務費であり、最低の保険料で疾病発生時に最大の給付額を保障する商品がヒット商品となる。社会保険はリスクの分散と同時に所得の再分配があり、応能負担で保険料を払うが受ける給付サービスは基本的に同じであり、国が財政調整を行っている。この場合、日本でもそうであるようにどの医療機関も質は同じという前提に立っていると話されました。

 とても勉強になりましたが、全体的な印象としては日本は世界に誇り得る立派な国民皆保険制度を確立した先達であり、医療費抑制の為に安易に他国のまねをして欲しくない。医療を病気によって生産現場から離脱した者を早く復帰させる手段としてではなく、豊かな社会を実現する為に学問とともに車の両輪をなす健康を受け持つ分野としてどう考え、どれだけ金をつぎこんでいくか、国民的議論が必要だと思いました。



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