静岡県医師会報・平成7年3月15日発行

平成6年度日本医師会医政シンポジウムの報告

「高齢者の処遇体系の将来像」

静岡県医師会理事 平良 章

  1月28日、日本医師会館で行われた医政シンポジウムに出席し、その後2月25日静岡県医師会館で行われた医政研究会で報告を行いました。その時、医政研究会の参加者だけでなくできるだけ多くの会員の皆様にこの報告を知ってもらうべきだという意見がありましたので紹介させていただきます。まず、矢野常任理事の司会で始まり、兵庫県南部大地震で亡くなられた方々に黙祷を捧げ、被災地訪問中の村瀬会長に代わって白男川副会長の挨拶の後、講演に入りました。

講演1として
 まず、京都大学の西村周三教授が経済学の視点から「高齢者医療と高齢者福祉」について福祉予算のお寒い現状と入院から在宅・施設へとシフトすることによって老人医療費は見事に抑え込まれたが、これからはその介護費用がどうなるか、また老人医療の質の確保がどうなるのかが問題であるとし、せめて国民所得を分母としての伸び率ゼロでなければ医療の質は確保できないと述べました。

 ゴールドプランは老人保健福祉計画による市町村レベルの集積値として平成元年から10年間、6兆2千億円(年間6,200億円)の計画で単年度では大した額ではないが初めの数年間はあまり進まなかったためその遅れが後半の財政を圧迫している。さらに昨年6月に発表された21世紀福祉ビジョンに基づいて新ゴールドプランができたがこれも平成12年到達が目標点である。これを達成するためには消費税7〜10%で減税先行期間を1〜3年として種々検討してみると減税先行3年として消費税10%にしないと歳入不足になる。そもそも日本の福祉が遅れて来たのは老人の家族との同居率が60%と諸外国(イタリア40%、スペイン30%など)に比べ非常に高く、独居高齢者も急速に伸びてはいるもののまだ10%で諸外国(北欧38%、イタリア30%、カナダ25%、オーストラリア・スペイン20%など)に比べかなり低く、この2つに支えられ家族の世話に依存して来たからである。しかし女性の自立支援、今までお世話に回っていた女性の解放、社会進出による労働力化をはたし、介護費用は社会的にみていこうということで「21世紀福祉ビジョン」が作成された。国民所得比で見た西暦2000年の介護 費用予測では数ある中で宇野推計が最も妥当と思われるが、これは国民所得360兆円で家族の負担が3兆6千億円である。この2/3を公的介護保険でみようという試算が試みられている。しかし「どれだけ要るのだろうか」だけど、本当は「どれだけかけようと思うか」という視点が国民世論的に必要なのではないだろうか。 老人医療費については、70歳以上の老人受療率は昭和45年の2%から55年の5%まで上がって来たが、入院から在宅・施設へという政策誘導によりその後は横ばいないし下降傾向であり、定額制によって本当に必要な医療まで削らないようにして欲しい。70年代は国民所得の伸びと老人医療費の伸びはパラレルであったが、80年代の医療費抑制策によって国民所得が伸びても医療費は伸びていない。しかし、従業員の給料など上げなくてはいけないのだからこれでは医療の質は確保できない。ほぼ同等に伸びる必要があるのではないかと述べました。

 これに対し、講演2.では厚生省老人保健福祉局長の阿部正俊氏が全く違う視点から今までの手法を見直し、対人サービスとしての医療・福祉をどう構築して行くかという論戦を展開しました。
 戦後復興の50年は「物」と「金」に価値の基軸をおいてきた。これから先同じ手法では駄目なのではないか、これからはさらにそれに加えてそれぞれ違う意志を持った「人」という価値基軸が中心となる必要があると述べ、新ゴールドプランの理念として
 利用者本位・自立支援、
 普遍主義、
 総合的サービスの提供、
 地域主義の4つをあげ、成熟社会の基本的サービスとして提供者側からの組み立てではなく、利用者の側から考える必要がある、医療と福祉を統合するのは無理であるが利用者サイドから利用しやすいように組み立てる必要がある、そして福祉は住民への基礎サービスであるので、国→県→市町村ではなく市町村からの積み上げで構築すべきものであると述べました。
 医療についても対人サービスとしての視点が重要であって、インフォームド・コンセントといっても何も癌の告知とか、難しい手術法のどれを選択するかということよりももっとわかりやすく、何故入院が必要か、何日位、またいくら位かかるのかということがこれまでちゃんと説明されていただろうか、医療はこれまであまりにも病気を治すことにとらわれていた、定額になったらガクンと薬が減る、じゃ今までの薬は何だったのか、ここらで対人サービスとしてもう一度組み立て直す必要があると思われる。
 大学教育でも技術を教え過ぎて、老人医療を二流、三流と見做す傾向があり問題である。もう医療に口を出すなという時代ではなく対健康、対生活という面では医療だけではできない保健・福祉との協同作業となる。提供するサービスの内容も提供されたものに対して利用するのはあなたの勝手ではなく、利用者の側に立って考える必要がある。医療も教育も同じで、例えば私学を助成するよりも私学へ行く人の奨学金にした方がより利用者の視点に立った施策になるのではないか、医療でもただだからできるサービスでは割りが合わないから点数を上げろという議論になってしまうが、そうではなく売れるサービスを考えなくてはいけない。そして、それを個人で買うのか、保険制度として皆で出し合って買うのかという視点で考えたい。福祉施設や制度についても、一番悪い人にまず対応しようとするから一般の人が利用しにくい。一般の人が利用できるのを基本としてそれを具合の悪い人が利用する時どう個別的に対処して行くか、補助金とか建物の構造とかで考えて行くのがよろしいのではないか。そしてそれをどの位公費で負担し、利用者はどの位お金を出してそのサービスを買うかという視点で考 えたい。また、日本は医療のアクセスフリーが一番良い国でこんなところは世界中どこにもない、その点ではよその国をまねする必要はない。ただ、日本人は元気なときにはすごくお金を使って、年をとって動けなくなると逆にすごく質素、これは外国から見ると実に不思議な現象である、このことが介護費用の議論でも問題であり、日本国民がどれだけ自分たちの介護に金をかけようと考えているのかがまだつかめていない。しかし「財政がきびしい、医療費抑制云々」という議論ではなく、どういうサービスがいいのか、それをどういう形で買うのか、そのうちいくら負担するのかという議論にして行きたいと述べました。

 これに対して東京都の会員から、「医療機関に利用者に買ってもらえるサービスを考えることを要求したが、我々が税金で買っている役人のサービスもキャディの優良可に相当する自己評価をしながら利用者に買ってもらえるサービスを考える気があるか」との質問が出され、阿部局長が「皮肉には答えない」とおっしゃったためさらに「皮肉とおっしゃるなら局長の講演も医療機関に対する皮肉と受け取るが良いか」とたたみかけ、拍手で後押しするものもあり一時騒然となったが白男川副会長がとりなして終了しました。それまでの内容がかなり机上の空論的とはいえなかなかの迫力があっただけに「そうしたことも含めてすべての部門で利用者本位のサービスを考えて行くべきだと思う」とでも答弁していただければ良かったのにとその対応にがっかりしました。

 午後からのシンポジウムでは、
 まず(1)全国老人福祉施設協議会顧問の岩田克夫氏が特別養護老人ホーム、介護力強化病院、療養型病床群、老人保健施設の一元化を想定し、生活環境の改善、施設内コミュニティーの導入、介護機器・人的増員により重度化する専門介護力の向上、在宅復帰機能を高め、在宅サービスを積極的に展開すべきと話しました。

 (2)老人保健施設の立場から島根県医師会の野坂研介常任理事は3ケ月を過ぎると自宅に居場所がなくなるので、1週間に1回は家族に来てもらうことを条件にしていること、また、療養型病床群併設の必要性を感じていると述べました。

 (3)介護力強化病院連絡協議会会長の天本宏氏はその立場から老人の急性疾患に対応する介護力、看護力ともに兼ね備えた「高齢者救急医療介護センター」的なものの必要性を強調しました。

 また、(4)在宅医療の立場からは大阪府医師会の榎光義理事は医師によるメディカルケア、看護婦・保健婦によるヘルスケア、介護士・ヘルパーによるライフケアの有機的な連携と地域ぐるみの支援活動が重要であり、個々の医師は「かかりつけ医師」としてコーディネイターの役割を果たすとともに在宅医療の実践と医療専門職としての行動が求められると述べました。

 坪井副会長はまとめとして、高齢者処遇と女性就労が21世紀のキーポイントであり、現在女性が担っている高齢者処遇と育児を生涯福祉保険制度といったもので置き換え、あるいは負担を軽くして女性就労を達成して行くことになる。教育では医学部における老人医学を重視、高齢者介護では在宅福祉と施設福祉がドッキングしたようなケアハウスとかグループホームのようなものをたくさん作り、老人保健施設も一元化、一本化など整理する必要があるだろう。医療保険制度の在り方を再点検し、介護保険は独立すべきで、これまで医療保険が負担していたものを本来の医療に回すべきだと総括されました。

 

私の印象:
 市町村レベルの集積といいますが、医療はいざしらずすでに保健・福祉の分野では市町村の枠組みで対応するのは特に過疎に悩む市町村では相当困難な状況であります。介護保険にしろ都道府県レベルでは例えば静岡県と北陸3県とが同じ規模で、福井県は浜松を中心とした静岡県西部地区より人口が少ないというアンバランスな現状では県単位での介護保険は無理、自治省との絡みはあるでしょうが現在の都道府県を道州制に組直し、介護保険はその位の規模を基盤にしなければ難しいと思います。そして道州制のもとで市町村の枠組みも廃止し、福井県位の規模を最小行政単位、静岡県なら三つ位、東部、中部、西部位の規模を最小行政単位とし、中学校区を自治会の単位とすれば、福祉のみならず今困っているいろんなことがスムーズにいくように思います。

 阿部局長の発言には異論もあるでしょうが医師でない人の発言として、なおかつ厚生省のしかるべき地位の人の発言として真摯に受け止めるべきものがあると感じました。いわれるまでもなく医師過剰時代の医師の資質をいかに保つかということは大命題であり、これは医師会の自浄作用によってのみ達成されるものであって、決して国、厚生省の手でなし得るものではない、したがってもし、保険医の登録、更新に関して何らかの制限事項が加えられるとすれば(そういうことがある筋でささやかれておりますが)、それは弁護士とか、優生保護法指定医などの場合と同様、医師会の手に委ねられてしかるべきであって、医師会は社会的にその使命を負うと私は思っています。

 老人の処遇体系をどのように構築して行くかという問題に関しては、やはり医療保険の一本化とともに、公的介護保険を道州制あるいはそれに近い県連合を基盤に創設し、現在医療保険に食い込んでいる福祉部分はそちらへ移すべきでしょう。その場合、福祉部分をカットするからといって医療保険を減らすようなことは断じてあってはならないと思います。医療機関は医療部分は医療保険へ、福祉部分は介護保険へ請求するシステムとすべきであると思います。医療機関が今後、保健・福祉の分野にも積極的に取り組み、患者さんが利用しやすいような体制、皆さんに喜んでいただけるような体制を構築するのは確かに私たちの責務であると思いました


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