静岡県医師会報・平成8年2月発行  

「情報化社会と医療

そして医師会活動」

静岡県医師会理事 平良 章 

 <情報化の進展>

 昨年5月の理事会で平成9年9月20日号に予定の日医ニュース学術版PRIMARY CARE「医療情報システム」の記事を書くようおおせつかったのがきっかけでこれまでの新聞のスクラップを整理し直し、また6月には志太医師会へパソコン通信ネットの見学へも出掛けてみました。当時私のオフィスにもパソコンがあり、検査センターから毎朝送られてくるデータを看護婦が受信していましたが、外来でそれを操作して説明する時間もなかなかとれないので、検査センターに2枚ずつ伝票を発行してもらってうち1枚を説明して渡すという方法にしていましたらそのうち教わったパソコンの操作方法も忘れてしまいました。したがって志太医師会でのデモも夢見心地で何が何だかさっぱり理解できませんでした。しかし何とかしなくてはと古いマニュアルを引っ張り出して独学で悪戦苦闘し、ようやくパソコン通信に入会したのが8月9日。毎日のようにインターネットやパソコンの文字が踊る新聞記事のスクラップは2ケ月毎に1冊づつ必要になり5冊目がはちきれそうになっています。そしてとうとう11月には浜松ドクターズネットHAMINGというパソコン通信ネットを開 設することになりました。浜松市医師会ネットから静岡県医師会ネットへの発展を期待してのスタートでしたが、今はとても忙しくてデータを入れる暇もなく、医師会の役員をやめないと通信ネットの管理者はつとまらないなとちょっと懴悔しています。大勢の人が参加して活発な発言があり、管理者はその交通整理を受け持つという状態まで成熟すればいいのですがまだまだそこまでは道が遠く苦労しそうです。

 私たちの遅々とした歩みをよそに世の中の情報化の波は確実に、しかも大きなうねりをともなって激しく押し寄せて来ており、最近の新聞記事を拾ってみますと、電子決済で金融機関が要らなくなるのではないかとかそれでも秩序維持のために必要だとか、個人間の決済で済んでしまうことになると消費税とか税金はどうなるのか?国家予算はどうなるのか?そもそも国家とか国境とは何なのか、飛び交う電波には境はなく、そこで起こるであろう様々な知的犯罪はだれがどのようにして取り締まるのかなど、目前に迫った事態に関係者の悩みは深刻なようであります。


 <医療は現在遠隔医療の模索が中心>
 
 一転して医療の世界に目を移すとのんびりした雰囲気でマルチメディアに対する幻想やキーボードアレルギーを伴った楽観的な議論が散見されるにすぎません。行政的には現在遠隔医療の模索が中心であり、静岡県でも佐久間病院ー聖隷三方原病院、井川診療所ー県立総合病院の遠隔地画像診断の試みが昨年8月に始まっています。浜松では開業医と県西部浜松医療センター、名古屋大学病院とを結ぶシステムが検討され始めました。全国的には遠隔医療は離島の多い長崎県が最も進んでいるようですが、やはりいずれは殆どすべての医療機関にパソコンが備え付けられ、患者さんの紹介やそのデータのやりとり、時には専門医の意見を聞いたり、専門家同士のディスカッションにも使われて行くことでしょう。個人の一生を考える時、これまで寸断されてそこから離れると役に立たなかった乳幼児検診、学校検診、職場検診が医療ときちんと連携をもち、また他の医療機関で受けた診療データが有機的に利用され、一人の人間がどこでいつ診察や検査、治療を受けようとそのデータがその人に“ついて回って生かされる”ことが国民の権利として主張されるようになると思います。密室の医 療から患者さんが移動するとき自分の関与したすべての医療情報を患者さんとともに移動させる、次の医師はその人の生まれたときからの情報を承知した上で次の治療手段にうつるという時代がくるのではないでしょうか。弁護士の大量生産が企画され、アメリカ並の医事紛争の多発が危惧される中、むしろ一人の患者さんを中心として開業医も病院も老人保健施設も力を合わせてチーム医療をやっているんだという考えに立って連携を密にする必要があると思います。おそれず大いに研鑽を積み、そのチーム医療の中へ参画して行きたいものです。そうすれば患者さんは余分な検査を受けずにすみますし、くすりの重複投与も避けられ、医療の継続性も図られ、医療費の節約となるばかりでなく医師の技術料の次なる原資としても大変有望と思われます。もちろん先程の電子決済に勝るとも劣らぬプライバシー、秘密漏洩の問題をなんとか解決しなければならないことはいうまでもありません。

 <医師会活動>

いつまでものんびりしていられないのが医師会活動です。旧態依然ですむのは講演会や勉強会、日医認定医の講習会など純粋に学術的なものに限られて行くでしょう。医師会が十分に取り込めていないパソコン世代の若い医師たちは、パソコン通信で情報を得、連携をしていく、医師会はそこへどうやって関与して行くかを考えなければならない時がもう目前に迫っています。あまりに大きすぎて見えないだけのようにも思えます。今は一部の人達だけだからとか、俺はもう年だから関係ないとか言っていると今75歳位の人達がまだ十分元気なうちにそういう時代はやってきて、うかうかすると飲み込まれて潰されてしまうのではないかという危機感をもっているのは私だけではないと思うのです。

  パソコン通信をやってみると発言する人が割合限られていて、大半の人はただ他人の発言を見ているだけということがまだまだ多いようです。それはしかし多分一般社会でも同じです。医師会でも似たようなものでしょうが医師会の場合は役員が立場上いろいろ発言、行動しなければならないわけです。医師会でパソコン通信ネットを作って自由に発言させると収拾がつかなくなるという危惧も耳にします。そういう特定の人の頻回な発言に役員会が振り回されてしまうという危惧だろうと思いますが、多分それはこれまでの医師会運営でも十分経験済みのことで杞憂にすぎないことでしょう。むしろ医師会役員会からどんどん情報を流し、今こうしようとしている、次はこうなりそうだという情報に対するレスポンス発言の中から役員が有用と判断した意見を個々に吸い上げて役員会の議論に生かして行くとすれば“全員参加の開かれた医師会”として活気に満ちた意見が出てくると思います。

 各種アンケート調査、世論調査はもとより国民投票だって、ひょっとしたら選挙だってパソコン通信でやれてしまうかもしれない時代がやってきます。私も参加した昨年11月の三菱総研の「医師によるネットワークの利用に関する実態調査」の結果を見るとパソコン所有者は現在開業医(平均61歳)の36%、外部通信はその約半数。勤務医(平均39歳)の71%、外部通信はその約1/10。アンケートに応じるのは興味をもった医師が多いでしょうから保有率が高目に出るのは当然としても大半の医師が所有するのはもうすぐなのです。私たちは可及的速やかにこれに対応し、郡市医師会単位さらに県医師会単位のネットを構築し、日本医師会ネットの構築に繋げたいものです。


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